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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2361号 判決

控訴人 井上庄次

右訴訟代理人弁護士 川本赳夫

被控訴人 代田光石

主文

原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金三三三、三五〇円およびこれに対する昭和四九年四月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

この判決の主文第二項は仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被控訴人は、適式な呼出を受けながら当審口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかった。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、次に附加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決三枚目表二行目に「八三五、一五〇円」とあるのは、「一、八三五、一五〇円」の誤記と認められるからこれをそのように訂正する。)。

(控訴代理人の陳述)

訴外株式会社京洋は、被控訴人の個人企業であって、その本社は単に登記簿上の存在に過ぎず、事務所もなく、従業員も存在せず、株券が発行されたこともなく、独立の存在を有しないものであって、同訴外会社は被控訴人個人と同一視されるべきものであるから、被控訴人は、法人格否認の法理により右訴外会社の名で行った本件各取引について責任がある。

(証拠関係)《省略》

理由

一  左記1ないし3の事実は、当事者の間に争いがない。

1  控訴人は、電気製品販売ならびに電気工事請負を業とする者である。

2  控訴人は原審共同被告である訴外株式会社京洋(以下訴外会社という。)から、同訴外会社が昭和四六年ごろから千葉県安房郡千倉町川合、同郡丸山町峯両部落にまたがる共有山林を買受け、宅地造成し、分譲住宅の建築、販売事業をしていたところから、次の電気工事を、代金は工事着手時より完成時までに支払うとの約定で請負った。

工事名                    工事代金        工事完成日

(一)三号建売電気工事          一〇万二、二九〇円 昭和四八年八月二八日

(二)峯井上宅ポンプ修理外         七万七、四二〇円 右同

(三)川合揚水ポンプ電源工事      五四万二、三〇〇円 右同

(四)川合揚水ポンプおよび配管工事 一八三万五、一五〇円 右同

(五)建売住宅電気工事           四万〇、一二〇円 同年一〇月三一日

(六)建売住宅水道工事           六万二、七七〇円 右同

(七)峯山小出宅建売電気工事       二万六、一九〇円 昭和四九年三月二五日

以上合計 二六八万六、二四〇円

3  控訴人は、訴外会社から右工事代金のうち二三〇万二、八九〇円の支払を受け、なお峯山ポンプVP五万円相当は使用しないため返品を受けた。

二  被控訴人は、控訴人が自認する以外にも代金を支払っており、右工事代金は完済している旨を主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

三  ところで、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち

被控訴人は、不動産売買、仲介、斡旋等を主たる営業目的とする訴外株式会社京洋の代表取締役であるところ、同訴外会社は、昭和四六年二月四日本店を東京都新宿区諏訪町二二七番地に、支店を千葉県安房郡千倉町瀬戸二二五二番地に置いて設立登記がなされ、右千倉町、丸山町等において宅地造成、分譲住宅の建築、販売等に従事していたが、その経営はすべて被控訴人がこれを掌握している被控訴人の個人企業で、会社設立に際しても株券の発行を行ったことはなく、会社役員も登記簿上の記載として名目的に存在するに過ぎず、会社の運営の一切の権限は被控訴人が事実上専行してきたもので、被控訴人は、同訴外会社名義で購入した不動産を自己の内縁の妻添田君代名義に所有権を移転した後更にこれを自己の名義に移し、或いは自己の主宰する訴外株式会社北宗産業の名義を経由して自己名義とし、右株式会社京洋名義で行った不動産取引に失敗するや、同訴外会社を事実上閉鎖したうえ、他に相次いで株式会社を設立するなどして、事務所も従業員も全く存在しない状態のまゝでこれを放置していること、そもそも、前記株式会社北宗産業も、前記東京都新宿区諏訪町二二七番地に本店を設け、千葉県安房郡千倉町瀬戸二二五二番地に支店を開設していた不動産売買等を目的とする株式会社京洋地所が、右支店を廃止したうえ株式会社光洋と商号を変更し、本店を右旧支店所在地に移転し、更にその商号を株式会社臨海土地と変更したのち、数日を出でずして、右と同一場所である前記瀬戸二二五二番地を本店所在地とし同一の商号・同一の目的をもって新たに設立された株式会社光洋が株式会社光洛地所と商号変更を経たうえ更に株式会社北宗産業と商号変更されたものであって、被控訴人は、他にも前記東京都新宿区諏訪町二二七番地を本店所在地とする株式会社光洋企画等の取締役をも兼ねていること、被控訴人はその営業活動において前記諸会社の行為と個人の行為との間に区別を明確にすることなくすべて一括してこれを掌握処理し、控訴人との間の取引に際しても、名義は右訴外会社名義を用いたものの、その実体は被控訴人の個人的企業としての不動産取引等のために行われたものであること、以上の事実が認められ、上記認定を左右するに足りる資料はない。

してみれば、株式会社京洋は被控訴人の個人会社であって形骸に過ぎず、同訴外会社と控訴人との間の本件各取引は、名義は同訴外会社との間で行われたものではあっても、その実体は被控訴人の行為としてなされたものと認めるべきであるから、控訴人は、右訴外会社の法人格を否認し、右取引によって生じた訴外会社の債務につき、被控訴人にその責任を追求し得るものというべきである。

四  よって、被控訴人に対し、前記工事残代金三三三、三五〇円およびこれに対する弁済期後である昭和四九年四月一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は、理由があり、これと趣旨を異にする原判決は不当であるから、原判決中被控訴人に関する部分を取り消し、右請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を、各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 滝田薫 桜井敏雄)

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